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振れぬ体で打つは、悪手なり。

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年末より乱れし太刀筋(スイング)、ようやく復調の兆しを得たり。 此度の不調にて、某(それがし)が改めて痛感せし理(ことわり)をここに記す。 即ち、**「振れる体無くして、スイングは成らず」**という事である。 ■ 刀(クラブ)を振る前に、己を律せよ 世の多くの者は、調子を崩せば即ち練習場へ赴き、闇雲に球を打たんとする。 然れど、身体(からだ)が「振れる状態」に整わざるに、強引に刀を振り回しても益は無し。 其は、手入れされぬ錆びついた刀で、大木を断とうとするが如し。 刀は折れ、己の手も痛めるのみ。 スイングとは、小手先の技にあらず。淀みなく動く身体の理(ことわり)に従う事なり。 ■ 振れぬまま打つは、愚行なり あえて申そう。 体が振れぬ状態で球を打つは、単なる修練不足にあらず。「悪手」なり。 動かぬ体を無理やり動かさんとして、脳と筋肉に「誤った動き」を刻み込むが故に。 「今日は体が重い」などと言い訳をしつつ放つ一打が、悪癖となりて己が剣技を蝕むのである。 打つべからず。 振れぬならば、まずは振れる体に戻すべし。 其が遠回りのようでいて、実は剣の道(ゴルフ)を極める最短の道筋であると、某は確信せり。 ■ 結び 球を打つ前に、まずは己自身と向き合うべし。 万全の「振れる体」を作りて初めて、刀は本来の切れ味を見せるものなり。 ゴルフとは、球を打つ遊びにあらず。 「打てる己を作る」修羅の道なり。
2026年02月12日 19:05

素振りが免許皆伝の近道である。

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静岡県浜松市、無限堂(むげんどう)でございます。 本日は、ゴルフにおける最も基本的、かつ究極の稽古である「素振り」について、その理(ことわり)を説きます。 「素振りでできぬ動き、球を前にしてできる道理なし」 これは物理の法則と同義であり、ゴルフにおける絶対的な真理であります。 多くの諸兄が、練習場で何かに憑かれたように球を打ち続けておられる。しかし、無限堂は敢えて言わせていただきます。 その行為、真に上達への道でしょうか。 1.球は「雑音」なり 白球を前にした刹那、人の脳には無意識の「邪念」が走ります。 「当てたい」「飛ばしたい」「曲げたくない」。 これらは全てスイングにおける「雑音」であり、身体にブレーキをかけ、手打ちを誘発する元凶となります。 この邪念を完全に排除し、純粋なヘッドスピード(出力)のみを追求する。その唯一無二の儀式こそが「素振り」なのです。 2.「死ぬ気」で振るべし 漫然と百回振るくらいなら、「死ぬ気」で十回振ること。 これが無限流の稽古です。 前者は単なる体操に過ぎません。後者は、脳のリミッターを外すための「限界突破」の荒行です。 「この速度で振っても身体は壊れない」と脳に刻み込む。老いを超え、飛距離を伸ばす鍵は、この出力の向上にのみ宿ります。 3.練習場の罠 ただ闇雲に球を打つ行為は、「稽古」ではなく「運動」、あるいは「憂さ晴らし」に過ぎません。 悪癖(手打ちやスエー)を何百回と反復し、金を払って「下手になる稽古」を積む愚を犯してはなりません。 無限流の神髄は、球を打たぬところにあり。 まずは素振り。そこに全てがあります。 無限堂、本日の提言でした。
2026年02月08日 08:14

【無限堂】ゴルフ総合道場、ここに開門。

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静岡県浜松市、この地に根を張りました「無限堂(むげんどう)」でございます。 本日、当道場の門(ブログ)を開け放ち、ゴルフを愛する諸兄へ最初のご挨拶を申し上げます。 我々が目指すのは、単なる道具屋にあらず。 単なる教室にあらず。 ひと振りのクラブに己を映し、白球に魂を乗せる。 そんな「道」を志す者たちが集い、研鑽する場所。それが無限堂です。 道具:使い手の力量と志に見合う一具を見立てる 稽古:迷いを断ち、理(ことわり)を通す「無限流」の探求 戦場:志を重んじるコンペの采配 初心者から手練れまで、門を叩く者は皆、同志。 道具の選び方から、スイングの深淵なる理屈まで、これからこの場にて少しずつ語って参ります。 まずは見知りおきを。 無限堂、これより始動いたします。
2026年02月05日 21:36

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