其の九:ゴルフという戦、精神の極みは「不完全」にあり
一、 完璧という「呪縛」を断て 世のゴルファーの多くは、一打ごとに「完璧なる一球」を追い求め、己を追い詰めておる。 練習の如く、理想の軌道を描かねばならぬという思い込み。それは己を縛る「呪い」に他ならぬ。 僅かでも芯を外せば「不覚」と断じ、そこから心の均衡(バランス)を崩していく。 焦りは毒となり、次の失策(ミス)を呼び寄せる。これでは、戦わずして自滅しているようなものよ。 二、 「最低限」を良しとする、武士の度量 戦場において、常に十割の力を出し切るなど不可能。 肝要なのは、「最低限の面目を保てば良し」とする、潔きメンタルである。 多少の打点の狂い、風の悪戯(いたずら)。それらを「落胆」の種とするのではなく、 「この程度で済んで重畳(ちょうじょう)」と笑い飛ばす余裕こそが、武士の度量というもの。 八分の出来を以て「合格」とせよ。その心のゆとりが、却って次の好機を呼び込むのである。 三、 淡々と、無心に。ミスこそが「日常」なり ゴルフという遊戯(あそび)の本質は、ミスの積み重ねよ。 一打一打に一喜一憂するのは、未熟の証。 「ミスが出て当たり前。それもまた、この道の風景なり」と心得、淡々と歩を進めるべし。 そこに「期待」も「執着」もなければ、精神の波が立つことはない。 凪(なぎ)の如き静かなる心境。これこそが、無限流が至るべき「精神の極み」である。 四、 結び:道具を信じ、己を許せ 手にした太刀は、窮地を救うための友である。 たとえ寄せが理想より数尺逸れようとも、その道具と己の技を信じ、次の一手で仕留めれば良い。 完璧を捨てた時、貴殿のゴルフは真の自由を得るであろう。 いざ、静かなる心で、次なる戦地へ。
2026年03月17日 14:56